東京高等裁判所 昭和28年(う)1152号 判決 1953年7月15日
控訴人 被告人 小林菊幸
弁護人 三輪秀文
検察官 鯉沼昌三
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣旨は末尾添附の弁護人三輪秀文の差し出した控訴趣意書記載のとおりである。
三輪弁護人の控訴趣意第一点について。
しかし原判決の挙示引用に係る標目の各証拠を綜合すれば原判示の事実はこれを肯認するに足り事実誤認の疑は存しない。公職選挙法第二百三十七条第二項にいう「氏名を詐称しその他詐偽の方法をもつて投票する」とは氏名を詐称するなど詐偽の方法をもつて投票することをいうのであつて氏名を詐称するというのは例示でありいやしくも詐偽の方法をもつて投票すれば本罪が成立するものと解すべきであるから、他人の名を詐つて入場して投票をなしあるいは不法に投票用紙を入手して重投票をする場合などがこれに該ること明らかでありかくの如き場合において投票管理者等係員が右詐偽の方法によつて欺罔されると否とは本罪の成立にはなんら影響をおよぼすものではない。従つて所論の如く本件選挙について鳴沢村第一投票区投票所において入場券所持者が正当な投票権者なりや否やを確認し正当な投票権者でないと認めたときは投票を拒否すべき事務等に従事していた同村選挙管理委員会書記清水英吉等において被告人が正当な投票権者でないことを知つていたとしても被告人の罪責には消長を来すものではない。それゆえ論旨は理由がない。
同第二点について。
しかし原判示の事実はこれを肯認するに足り事実誤認の疑のないことは前段叙説したとおりであり原審の法令の適用もまた相当であつて擬律錯誤の違法もない。論旨は被告人の所為に対しては公職選挙法第二百三十七条第一項が適用せらるべきであると主張するからこの点について考えるのになるほど本項の罪は投票をする資格のない者が投票をした場合に対する処罰規定であるが同条第二項の罪は本項の罪に対する特別規定と解すべきものであつて同じく非選挙人が投票をした場合でも詐偽の方法によつて選挙人名簿に登録された者が投票をなし、あるいは選挙人でないものが氏名を詐称しその他の詐偽の方法によつて投票した場合には第二項の罪が成立するのであり結局第一項の罪が成立するのは詐偽の方法によらず、なんらかの事情によつて誤つて選挙人名簿に登録された者又は選挙人名簿に登録された後において選挙権を喪失した者が選挙人名簿に登録されていることを奇貨とし、自己に選挙権のないことを知りながら投票をした場合などに成立するに過ぎないものと解するのが正当である。
それゆえ論旨は採用することができない。
(その他の判決理由は省略する。)
(裁判長判事 中村光三 判事 河本文夫 判事 鈴木重光)
控訴趣意
第一点原審ニハ事実ノ誤認アリ該誤認ガ判決ニ影響ヲ及ボスモノデアル
(一) 原審ハ被告人ガ投票事務担当職員清水英吉及渡辺栄ニ対シ被告人ノ家族デアル選挙人小林しげ同かね名義ノ投票所入場券各一枚及同日同村ノ選挙人石川留太郎同梶原ゆき同内藤ふみ子ヨリ夫々交付サレタ同人名義ノ投票所入場券各一枚ヲ提出シ各氏名ヲ詐称シ同職員ヨリ投票用紙六枚ノ交付ヲ受ケ」云々ト判決サレタ
(二) 而シテ被告人ハ男子(司法警察職員供述書)デアリ小林しげ同かね梶原ゆき内藤ひさ渡辺ふみ子ハ何レモ女子デアルコトハ小林しげ等ノ各司法警察職員ニ対スル各供述書ニ照シ明白ナリ故ニ被告人ガ右女子ノ投票所入場券ヲ渡辺栄清水英吉ニ提出スルモ右清水渡辺ハ被告人ト右小林しげ等六名ノ女子トガ全ク人違ナルコトハ直ニ認識シタルモノナランハ言ヲ俟タザルトコロナリ然カモ原審ノ第二回公判調書中被告人小林菊幸ノ供述調書中ニ「私ハ村ノ名誉職トシテ村会議員ヲ昭和二十六年五月カラシテオリ現在村会議長ヲシテ居リマス」「最初五票ヲ一度ニ出シ後ノ二票ヲ午后出シテ二度分テ投票シタノデス」「私ガ清水サンノトコロニ行キ五本指ヲ出シタラ清水サンハ何等不思議ニモ思ハズ投票用紙ヲ五枚渡シテ呉レマシタ」ナル供述記載サエアルニ至リテハ右投票事務担当職員清水英吉渡辺栄ハ絶対ニ被告人ニヨリ右小林しげ等六名ノ女子選挙人ノ氏名詐称ヲ受ケザルモノニシテ寧ロ右清水英吉等ハ被告人ガ公然右他人ニ替リ換言スレバ被告人ハ右六名ノ女子ノ選挙人ニ非ラザルニ不拘投票シタルモノナルコトヲ知悉シ居リタルモノナリ
(三) 右事実ノ如ク右清水英吉渡辺栄ガ被告人ガ右六名ノ女子ニ替リ投票スルモノナルコトヲ知悉シ居リタル別紙添付ノ原審(清水英吉渡辺栄ニ対スル)ノ判決書ニ於テ被告人ノ本件犯行ヲ幇助シタルモノトシテ清水等ヲ各禁錮六ケ月ニ処シ居ルニ徴シ明白ナリ(東京高等裁判所刑事第六部ニ控訴中)
(四) 然ラバ被告人ガ右清水英吉渡辺栄ニ対シ右小林しげ外六名ノ氏名詐称スル暇ナク(男子ガ選挙管区デ女子ナルコト判明シ居ル六名ノ女子ノ入場券ヲ一度ニ提出シ之レヲ以テ氏名詐称スルモノト為スハ愚モ余リニ甚シキモノニシテ然カモ第三点ノ(四)(五)ノ如ク鳴沢村ニ於ケル村議長ナルニ於テオヤ)人違ヲ十分認識シ他人ノ身替トシテ其者ノ投票用紙ノ交付ヲ受ケタルモノナルヲ以テ原審ノ前示一ノ認定ヲナサレタル原審ノ判決理由ハ事実ニ著シキ誤認アルモノナリ
第二点原審ニハ法律ノ適用ニ誤アリテ其誤ガ判決ニ影響ヲ及スコト明ナリ
(一) 原審ハ法律ノ適用トシテ、本件判示行為ハ「公職選挙法第二百三十七条第二項罰金等臨時措置法第二条第四条ニ該当スル」云々ト判示サレタリ
(二) 然レドモ本件犯行ハ第一点ノ(二)(三)(四)ノ如ク被告人ハ投票事務担当職員清水英吉渡辺栄ニ対シ選挙人小林しげ同かね同梶原ゆき同内藤ひさ同渡辺ふみ等ノ氏名ヲ詐称シタルモノニ非ラザルハ明白ニシテ然カモ被告人ハ居村ノ村会議長タルモノニシテ右職員ニ対シ五本ノ指ヲ出シ五枚ノ投票用紙ヲ受ケタルモノナルニ過ギザレバ右小林しげ等五人ノ氏名ヲ詐称スル余地ナク然カモ右担当職員清水英吉渡辺栄ハ何レモ被告人ガ右小林しげ等五名の選挙人ニ非ラザルコトヲ知悉シ居ルニ不拘選挙人ノ身替トシテ投票セシメタルモノナルノミナラズ右清水等ガ幇助トシテ原審ニ於テ処罰セラレ居ルニ徴スルモ本件ハ明ニ選挙人ニ非ラザルモノガ投票シタルコトニ帰シ従ツテ公職選挙法第二百三十七条第一項ヲ適用スベキモノナリ
(三) 然ラバ被告人ノ罪書ハ同条第二項ノ適用ヨリ軽キコトハ疑ヒナカルベク従ツテ原審ハ法律ノ適用ニ誤リアリ其誤ハ判決ニ影響ヲ及スコト明ナリ
(その他の控訴趣意は省略する。)